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日本一の幸せ者

さて、来年度のことについて報告を終えたところで真っ先に書くべき記事は何か…
そんなの、

ラストインカレ

の記事に決まってますよねー
ただ、このブログの傾向として、一つ一つの記事が長くなりすぎるきらいがあります。
ゆえに、これからは短くまとめるようにしつつ、その分長期間更新をサボることにならないよう力を割いていきたいな、と。
まあ、ラストインカレの記事だけにどうなるか分かりませんが(笑)
努力してみます(笑)



まず、端折りに端折って、ミドルは駄目駄目だった。
しかし、それも当然と言えば当然のこと。
前の記事でも触れた通り、私はこの冬から春に掛けて、精神的にボロボロだった。
トレーニングも満足に出来ず、就活でオリエンにもほとんど参加できず。
これで良いレースをしろというのは、あまりに酷な話だろう。

だが、リレーでそんな言い訳は通用しない。
本当は3走を走りたかったが、「完走」というそげたの目標を受けての1走へ変更した、という背景。
9ヶ月ぶりのレースながら、文句一つ言わずに選手権クラス出場に賛同してくれた同期のナベ君。
同期2人が1年間ほとんど顔を見せない中、一人気を吐いて来たそげた。
自分自身のラストレースであること。
そして何より、このリレーが駿大最後のリレーになってしまうかもしれないと考えると・・・
下手なレースを出来るわけがなかった。

翌朝、リレー当日、私はスタート前に、寄せ書きされたハチマキへ再度目を通す。
せっぴーの描いてくれた九蓮宝塔が、私に勇気を与えてくれた(笑)
何この無駄な完成度w

九蓮宝塔


スタート地点、早稲田のS口コールに混じって、小山コールが聞こえる。
うん、めちゃくちゃ力が湧いてくるよ。ありがとう。
温かい気持ちに包まれ、驚くほどいい緊張具合の中、

私の最後のレースが始まった

先頭集団に付いて行く気など、ハナから無かった。
6kmという距離も考え、ただただ自分のペースを守った。
3ポあたりからは文字通りの一人旅となっていたが、不思議とツボる気はしない。
かつてないほどの集中力だった。

8ポ…ここで初めて現在地を見失うも、冷静にリロケート。
私の傾向として、「順調に来た中での中盤のミスの後に立て直せず、ミスを誘発してしまう」というものがあるのだが、これには一度深呼吸をして落ち着くことで対処した。
この際に、二人のチームメイトの顔を思い浮かべられなかったら、すなわち、これが個人戦だったらどうなっていたか分からない。

その後、ビジュアル後にミスが一つ出てしまったものの、大きなミスは一つも犯すことなく・・・最高の集中力を保ったままフィニッシュ!!
順位は24校中12位!今の私の体力を考えると、これは大健闘と言ってよい。
私の大学生活でベスト5に入る素晴らしいレースが出来た。

それから余韻に浸る間もなく、OCの応援の方に回る私。
これまでも応援は頑張ってきたけど、間違いなく今回が一番だな。
弁当を食べる間もなくハンガーノックにまでなったのに、それでもなお声を張り上げ続けたんだから。
どうしても悔いを残したくなかったんだ。

早稲田の3位には感動した。
来年度は是非とも優勝して欲しいし、それが出来るチームだとも思ってる。
早稲女は、チームが組めただけで今回は入賞分の価値があったと思う。
本女も然り。イッチーは本当にお疲れ。

そして駿大・・・よく完走した!!凄いよナベ君、そげた。
正直な話、俺は9割方完走できないと思ってた。
こんなの、普段の個人戦なら絶対に出来ないこと。
駿大の絆はまた特別だからね・・・3人の信頼関係が為せた技だろう。
3人が3人とも、自分の仕事を果たした結果だ。


後夜祭・・・4年生からの挨拶、トリを任されたのは私だった。(3人しか残ってなかったけど)
まさか泣くとは思ってなかった。それも半端じゃなく泣いてしまった。
大学生になって以降、数える程しか涙を流したことのなかった私。
色々と溜め込んで来たのだろう。
心の堰が切れた感じだった。
でも、何か凄くスッキリした。泣くっていいもんだね。

挨拶後、何人もの後輩から、「寂しい」「やめないで」と言われた。
あの頃は、こんな光景想像できなかったな・・・


1年生春
「インターハイ準優勝じゃ満足できない」という想いから、部員を集め出す。
規定の5人を集めるのにはかなりの苦労を伴った。
名簿を学生課に提出できた時の喜びは、忘れようにも忘れられない。

1年生夏
血の滲むような特訓の末、見事にロングセレを突破。
が、この頃より故障も患うように。

1年生秋
細心の注意を払っても、一向に改善されない故障癖・・・
高校の頃より感付いていたため、一線級を退こうと決意するのにそう時間は掛からなかった。

1年生春インカレ
出場者2名で、リレーチームを組めず。

2年生春
そげた、I川、M崎の3人が入り、にわかに部が活気づく。
また、OCに加入することでたくさんの仲間が出来る。
だが、この時の私はまだまだ浮いた存在だった・・・

2年生春インカレ
そげたのペナで完走はならなかったが、チームを組めただけで嬉しかった。

3年生春
一時期6人も部員が入るが、全員やめてしまう。

3年生秋
OC大会で競責という大役を務め、数々の粗相を乗り越えて大会を成功へと導く。

3年生春インカレ
初めてオフィシャルを付けていただき、その心強さに驚かされる。
リレーで駿大初の完走を果たす。

4年生夏
千代健さんに個人コーチを依頼し、二人三脚でセレに挑むも、跳ね返される。
だが、この時の明確な目標を持った上での方向付けがなされた努力。
この経験は決して無駄なんかじゃなかった。

4年生春インカレ
3人が3人ともきっちり仕事を果たし、奇跡の2年連続リレー完走。


見ての通り、私はただ「一人」
いや、「独り」から始まったのだ。
OCだって途中加入だったわけだから、浮くのも当然だった。
それが今や、こんなに多くの仲間に囲まれている。
「寂しい」「やめないで」と言われる存在にまでなった。
4年間の濃密度で言ったら、歴代のインカレ入賞者に勝るとも劣らないのではないだろうか。

このラストインカレで強く感じた。
今、この瞬間に限れば私は、

日本一の幸せ者

なんじゃないかと。

駿大で良かった。OCで良かった。
今は心の底からそう思える。

ありがとう駿大
ありがとうOC
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